近代文学における味わいとその香り

アクセスカウンタ

zoom RSS 学友、あるいは悪友。いや親友。

<<   作成日時 : 2017/07/27 23:37  

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像



昨夜、仕事帰りに大学時代の友人と飲みに行った。
彼は今も大阪大学で学生をしている。博士課程というやつである。
大学周辺の居酒屋へ行ってみたり、スナックへ行ってみたり。邂逅とは思えない、気楽なものだった。

驚きはその翌日の朝であった。酒の副作用で睡眠が浅く、全ての物がどこかぼんやりと滲んで見えた朝、視界とは逆に、頭はかつてない程冴え渡っていた。一つの発想が、まるでタコの腕のように次々に、他の発想を掴み繋がっていった。「冴える」というのとは少しだけ違うかもしれない。それは鋭さや的確さというよりも、柔らかさ、柔軟さに似ている。ぐにゃぐにゃでぷりぷりの脳みそが、些細な発見を掬うように受け止め、自分の満足のいく答えへと変換した。全部メモしておきたかったが、時間もなければ、iPhoneの充電もなかった。焼酎の水割りを十杯ちかく飲み干したのだ。

これはひとえに友人の影響だと僕は思う。
“コンビニ人間”の主人公は、普通が理解できないと言って周囲の人の真似をしたが、人は少なからず周囲の者の影響を受けてしまう、というのは自明だろう。話し方、イントネーション、服装、趣味、嗜好、歩き方、好きな異性のタイプ、血液型、身長、体重、気付けば周りの人と同じになっている。良い意味でも、悪い意味でも周囲の人からの影響は避けられない。

昨夜の、友人との会話は“新鮮”だった。
会社の人で、彼のように柔軟に、自由に思考をこねられる人はいない。皆、答えを見つけるのに必死だからだ。会社には、仕事にはいつも“答え”がある。そしてその答えは早急に求められる場合が多い。一方、研究には答えがない。答えのようなものを創り、そこからより答えに近い方へと進化させていく。方向は決まっていない。
だから彼は、僕の発言、思考の先にいつでも簡単な踏み台を用意してくれた。油を挿された歯車が滑らかに回転するように、僕の思考もするすると回り始めた。

もう、効果は切れているのか?切れてはいないのか?たぶん切れてない。はず。
なにかこう、頭の筋トレになるような本でも読めば同じ効果が得られるのかな。

身銭を稼ぐ労働の中で、思考力が擦り切っていく一方なら、悲しい。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
学友、あるいは悪友。いや親友。 近代文学における味わいとその香り/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる